『再び三陸へ』(その2)

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  今回は気仙沼だけではなく、陸前高田市や南三陸町にも足を延ばしました。当店にカニを送り続けていた友人がカニを獲っていた船員が小学校、中学校の同級生でしたが、今回の津波で家族を失い、家や船などを流されたと聞いていたからです。
  テレビや新聞で見る限りこの二つの町は最も被害が大きく見えましたから、とにかく、訪ねて見舞おうと思ってました。なんとかなんとかガレキの間を抜け迂回路を回って目的を果たすことができてホットしております。これらの町の中に立つと不思議な気持ちになります。隅々までは知らないけれど、大体は分かっている町のあり様ががらりと変わってしまって何から思い出して良いのか分かりません。何があったっけ?あれは?それは?  ははあ......。あれかあ!!......。これかあ?......。ええっ?......。そんなあ......!!
 古来、多くの開拓使というのがあって、例えば北海道の屯田兵、アメリカの開拓史、ブラジルをはじめとする中南米への農業移民などなど沢山あるけれど、彼らの第一歩というものは、今こんな所に立っている気分に似たようなものではなかったか? と思ったりします。
 着いて案内された所がこのような景色とは違うけれど、原生林の真っ只中であったり、栄養分のまるで無さそうな不毛の地であったりして、その時の思いは武者ぶるいどころではなく、暗たんたる思いや不安、焦燥、後悔などなど砂かむ思いであったに違いない。この両町の惨状を前にして、さあ――どうしよう、どうするか?開拓せねば......ならんかのう......? 何とも寂寞たる思いであります。これらの町々の多くの報告・分析・問題点などなどは他の多くの方々にお任せして、私は少々脱線しようと思います。
 実は、冷凍魚の話です。今回役に立たなくて残念なことでした。次回に述べることは、この正月過ぎにはブログ用にまとめてあったのですが、載せずじまいになった内容です。(つづく)


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このページは、pescadorが2011年7月13日 13:02に書いたブログ記事です。

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