『再び三陸へ』 (その1)

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 6月12日(日)店の仕事を終えてから、夜10時過ぎに友人市原君の運転に安心を決め込んで、再び気仙沼に向かいました。先回、柏木君と行ったときは、早朝に出発しましたが、結局2人とも前の晩は眠れなかったという反省から、今回は夜の出立なのでした。

 早朝の朝もやの中に気仙沼のたたずまいを見たいと思いました。今回は先回入れなかった商港岸壁の先まで入ることが出来ました。人も車もほとんど動いていない早朝とはいえ、『時が止まったかあー?』と思えるほど、手つかずに近い状態のガレキと破壊されたまんまの工場群が広がっているばかりです。『あーああ・・・!! これじゃ無理じゃねいの? 何もかも!!』」

 6月中には鰹船を入港させて再出発の起点にしたいと関係者は意気込んでいるようだけれど、気持ちはわかるけど大丈夫かなあ――?  地盤沈下した岸壁は海水がちゃぷちゃぷゴーゴー言っているし、後背地の水産加工場群はガレキのまんまだし、まあ、あれだね。鰹やサンマの生出荷は少しづつ整っていくだろうけど、水産加工や冷凍加工は無理だね、しばらくは。

 これら経営者たちは、一体どう考えているんだろう? 再び、やる気なんだろうか? お金もかかるし、時間もかかるし、従業員達は? 資金繰りは? みんな『頑張ってえ―!! 応援しよう―!!』なんて言われたり、ちよっとした熱きものに触れると『よっしゃあ―!!やるぞ―!! やったるぞ―!!』などと自分の使命か、天命のように思えて、ついつい燃えたまま走り出すかっこ良さを選んでしまうものなんでけれども、いざとなると親戚も友人も冷たくにべもない。あんなに同情的だった関係機関や銀行も『それとこれは別ですよ』なんて、らちがあかないことになる。

 大半の水産業者はそのうちボチボチ始めるだろうけれども、中小はそうはいかない。苦難の選択を迫られる。余程の特殊な技術や製品でもない限り、大変なのだ。『天は自ら助くる者を助すく』という。天も周りも自ら頑張ろうとする人にしか手は差し延べないのだ。似たようなことを言って辞任した松本大臣もいたが、いずれにしろ、こんな時、国民は国や県やお上の足りないことをあれこれと言って非難に明け暮れするけれど、古来、お上というのはそんなもんだ。

 いくばくかの援助や補助があったならば天から降ってわいた授かりもの程度に思って、やはり、自らを制し、律し、拓し、生きねばならぬのだ。他人のおだてや口車に乗って自分を過剰評価しては身の破滅だ。臥薪嘗胆も必要だ。海だって、町だって落ち着くまでには3年や5年はかかるだろう。町の産業も人々の住まい方もずいぶんと違ってくるだろう。今あわてて必死になって復旧、復興に全力を尽くす必要はないように思う。得意なこと、好きなことに磨きをかけながら、ケ・セラセラ的な臥薪嘗胆がいいかもしれない。(つづく)

 

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このページは、pescadorが2011年7月 9日 22:36に書いたブログ記事です。

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